🎪 NEWS 🎪

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上演延期となりました。
<詳細>
アガリスクエンターテイメント15周年興行・第28回公演
『かげきはたちのいるところ』

4/29(水)〜5/10(日) @サンモールスタジオ
<公式サイト>
<公演延期のお知らせ|当ブログ記事>

クラウドファンディング実施中!
4/22(水)0:00〜5/29(金)23:59

<詳細>


2020年04月21日

書くことで

おはよう。
こんなちゃんと「朝」の時間に起きれたの久しぶり。

ちょっと気持ちが落ちてるので、どうにかしなきゃですが、誰に会うでもないのでこれはどうやって解決したらいいんだろう、なコロナ禍。

そういやコロナ禍ってワード、
ニュースをあんま見ない自分からすると急に出てきたなオイって印象でした。

「コロナ禍」読めますか?

みたいななんかの見出しとかあって、
「ころなか…?わざわい…?」と思ったけどすぐ「どーでもいいや」と思いました。
ツイッターで「コロナ渦」って書いてる人がいて、それもそれで嫌だなあ、というか、世界は今コロナの渦の中にいるかもね、とか思ったりした、
そんなニューワードと誤字。

今年の流行語はもうこれ関係ばっかりなのかねぇ。
テレワーク、zoom、濃厚接触、自粛、ソーシャルディスタンス、
そういうのが並びそうですよね。
12月になる頃にはまたどんな新しい政策や流行が起こるかわからないけど、
「マスク2枚」は強いなぁ〜
「そこまで?」ってぐらい非難轟々でしたよね。
アベノマスクなんて揶揄されてますけど、わたしはあの表現嫌い。
なんか本来的な問題から遠ざかってる感じがしちゃうのよね。
言葉だけが浮いちゃうというか先走っちゃう感じがして。

ちなみにわたしは「マスク2枚」は要らないし他のことにお金使って欲しかったです。
マスクについては、困ってる方が申し込んだら郵送とかにとどめて欲しかったな。

***

昔はこうして、他愛もないことをよくブログに書いてたんです。
更新もよくしてた。
なんだか、劇団に入ってから「売れなきゃ」「宣伝しなきゃ」という思いが強くなって、
事務的な文章を書くことが増えたり、
ツイッターのほうが即効性があって、
反応と拡散がわかりやすいので重用してる。
ブログも月に1〜2回、書かない月も増えたと思う。

別にブログ至上主義なわけでも書かなきゃ死ぬわけでもないけどさ、
長い文章をしたためるのは大事だなと今、これを書きながら、現在進行形で思っています。

そうすることでメンタルバランスをとってたんだと思う、かつては。
そんなことを思い出す。朝の7時。

***

そうね、やっぱりいいわね。
同じiPhoneのキーパッドを打って文字を生み出すのなら、
このほうが自分の世界が広がる。

メンタルを崩しやすい人間で、
しかもそれを繕うのが下手な超気分屋なんですが、
こんななんでもない文章を書くだけでも自分自身を相対化してちょっとはスッキリ出来ました。

少しずつライフスタイルを立て直していこう。

それじゃまた。
posted by 熊谷有芳 at 07:57| Comment(0) | 日々徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月30日

20200330

3月30日
志村けんさんの訃報が日本列島を駆け抜ける。

29日にご逝去されたそうだ。

煙草もお酒もやめられない、ダメ〜なとうちゃんのコントが大好きだった
「最後!最後の一服!…か〜、うまい。やっぱタバコはやめられねえな、酒をやめよう」
「これが最後の一杯だ。…うめえな〜だめだ!酒はやめられない!タバコをやめるぞ」
というのを延々繰り返すだけのコント。
昭和のだめなお父ちゃん像として、ばかだなあ、という愛らしさに満ちていて大笑いしました。

Twitterではバカ殿の画像や動画が当投稿されて、
懐かしみ、悲しむ声とともに、
今じゃ考えられない女性の裸などについての批難が数多く見られる。

画像を貼ったりおもろいこと言いたがるのもわかるし、
逆に志村さんというかテレビ局というか時代というか?を、
批難するのも、まあわからないこともない。

まあでもさあ、亡くなったんですよ。
志村さんは。
そして少なくとも昨日まで志村さんはわたし達と同じ時を生きていて、
今はおっぱいぽろんをテレビに出しちゃいけないこともわかってたわけですよ。
それでもずっと、コメディアンだったんですよ。
時代は変容するし。
何年か前にバカ殿をやった時はおっぱい出したりしなかったでしょ。

その議論と志村さんの死は、もっと遠いところに在ってほしいなあ。
批難してる人達もそういうつもりじゃないかもしれないけど、
投稿したアカウントをリツイートして責めることは、
なんだか死んだ志村さんを刺してるように見えてちょっと残念です。

批判が悪いとは思わないし、
みんなの志村だからみんなに愛されてみんなに嫌われて仕方ないけれど、
もっと優しい言葉で送りたいものです。

ご冥福をお祈りいたします。


***

と、しむけんショックを筆頭にコロナが日本を、世界を震撼させている2020年。
3月30日、今日はわたしの誕生日。

生まれた瞬間以来じゃないかというほど、誕生日に泣いている。
生きてることってこんなにも怖くて不安。

今は会えないけど、いつか落ち着いたらご飯食べようね、なんていう連絡をしてたら、
戦時中もこんな感じだったのかしらと感じてまた怖くなった。
日用品やマスクが買えなくなって、「マスクの作り方」なんてものをみんなで教えあって流布してってとか、
そんなのも戦時中みたいだってずっと思ってた。
不要不急の外出自粛とか文化の規制(まあ文化の規制というか、文化の機会を規制、かなあ)、
贅沢禁止!とか、そういうのに近いものを感じる。
こわい。

苦しくて泣いてしまう。
弱くて、情けない気持ちにもなる。

でも今日は誕生日だからね。
ほかの誰でもない、わたしの。

だから、自分が自分を誇りに思ってあげて、
みんながわたしを祝ってくれたように、自分自身を祝ってあげなきゃ。

こんな弱音吐いてダサいなって思ってるけど、
無理もしない。
強がらない。
わたしはわたし。

***


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〇1987年3月30日(0歳)
東京都江戸川区で生まれました。
松坂大輔投手が生まれたのと同じ病院って話なんだけど、本当かなあ?笑

〇1989年3月30日(2歳)
2歳になるちょっと前から、アメリカ合衆国にいました。
わたしの物心はニューヨークで芽生えます。

〇〜1994年(7歳)
アメリカでの誕生日は毎年とっても楽しかったです。
6歳の時にTシャツ作って、7歳が念願のDiscovery Zoneかな(キッズ向け室内アスレチックパーク、一日中遊んでいたい夢の国)
学校では誕生日の生徒のお母さんがクラスメイトのカップケーキを作ってくれるので、
うちの母も作ってくれた。
嬉しかったなあ。
クラスメイトが誕生日のときもいつも嬉しかった。
カップケーキ食べれるし、バースデーはお祝いだから楽しいし、歌を歌ったり。
家でも友達呼んでパーティー開いて。
イースターが近いから庭に卵を隠してエッグハンティングをする企画を母がやってくれた時もあった。
友達のバースデーパーティーに行くときは母と一緒にカードを買いに行ってプレゼントを選んで。
日本人同士でもそういうことをしてました。

〇1995年3月30日(8歳)
8歳になる直前に帰国したので、その年の誕生日は日本だったのかな。
帰ってくるついでに旅行しまくってたからどこで誕生日を迎えたのかわからん
ハワイかどっかの空港で麻原彰晃の写った新聞を見たの覚えてる、その年。

〇1996年3月30日(9歳)〜
日本の暮らしが嫌だなあと思う反面、
結局日本人の方が意思の疎通はできたなと今になって思う。
アメリカ人の友達とは当然ながら英語で会話してて、難しいこともあった。
でも、YUKA!ってめっちゃ仲良くしてくれた子もいた。
日本でもちょっとずつ喋れるようになっていった。
アメリカのこと話すと「自慢〜?」って言われるのが嫌だった。
日本でもお家で誕生日パーティーをした。
日本では大好きなセーラームーンが男子から「ダサい」ものとされていることを知り、こっそり好きでいた。
部屋のセーラームーングッズは友達が来るときに隠した。
なかよしを買うのもやめ、りぼん一党になった。
漫画も古本屋に売ってもらった。
でも家ではこっそりイラストを描いたりしてた。
ほぼ隠れキリシタンだった。
ジュピターが大好きだった。

〇1999年3月30日(12歳)
小学校の卒業式の前日に千葉に引っ越した。
中学受験をして江戸川区にある女子高に通うことが決まっていたので、千葉の学校に通うことはなかった。
地元に友達がいないので、何度か小学校の時の友人たちのところへ遊びに行った。
この年の誕生日もそうだったような気もするが覚えていない。
引っ越すときに、大好きだったセーラームーングッズやアメリカ時代から共に過ごしたLEGO・リカちゃん・ジェニーちゃん・バービーなどを捨てた。
嫌いになったわけではない。
「子供っぽいから」と理由をつけて、「ださい」とされるものから決別したかった。
要はかっこつけたかっただけ。
でも、そうした部分があるから今でも子供っぽいものやアメリカっぽいものが好きなのかもしれない。
幼稚な自分と決別できない。

〇2000年3月30日(13歳)〜
新しい友達と迎える誕生日。
いまでも一緒にいる、一番の友達と出会えた。
もう何も隠さなくてよくなった。
隠れキリシタンじゃなくてよくなった。
ロンドンの帰国子女の子とはお互いの心境を分かりあった。
部活も違ったけど、いつも一緒に遊んでテスト勉強もした。
プレゼントも贈りあった。
今日もLINEをくれた。
かけがえのない人たち。

部活の同学年も本当によくしてくれた。
先輩に勧誘してもらえて演劇部に入った。
惹かれたポイントは一番の美女に「合宿楽しいよ」と言われたからという我が軽率さ。
おかげで今に至る。
なお合宿は地獄でもあった。
楽しいのも事実だが我が演劇部は書くに書けないおもろすぎることがたくさんあるのでこれは胸の中に。

〇2005年(18歳)
大学では友達はいなかった。
根が消極的で人見知りなので6年ぶりに友だち作ろうとしたらもうわからなくなった。
男子の存在と、男子がいるときの女子の存在もまた難しく、
中高6年間で軽くジェンダーをこじらせた自分にとって大学はなんとなく居心地が悪かった。
特に1年間の「クラス」となる語学の授業。
BLEACHが好きなオタクと共鳴し、「藍染が!!!」とか言ってケタケタ笑ってた。

〇2006年3月30日(19歳)
誕生日は彼氏と過ごすことが多くなった。
家でも祝ってもらう。
ここまで書いて気付いたが、家族に祝ってもらわなかったことがない。
なんたる幸福。
中学からの友人にも祝ってもらう。
サークルでも祝ってもらう。なんだかんだ幸せ。

〇2008年3月30日(21歳)
この日のことは今でも覚えてる。
劇団おぼんろ『月が、』(今はなきタイニィアリスで4月に上演)稽古中、
学生会館の稽古場でいわゆる「サプライズ」をされた。
たぶんそういうバースデーは初めてだったんじゃないかな。
新しいシーンの台本が配られて、
「さっそくだけど立ってやる。みんな歩きながら読んで」と演出の末原の指示があり、
言われた通りにやってたら自分の台本とみんなの言ってる台詞がなんか違くて「置いてかれてしまった…!」と思ったら電気が消えてローソクがー、というやつ。
今にして思えばベタベタなんだけどね、びっくりして嬉しくて泣いちゃったね。

〇2011年3月30日(24歳)
3月11日に震災が起きて出演予定だったたすいち『FIRE LIGHT』は中止になって、
自宅近辺の液状化により家が傾いて、
色んな要因で情緒不安定になった。
誕生日の日には発熱したり結膜炎になったりしてた。
とにかくへこんでた。
次の舞台は8月だった。
しばらく予定がなかったが春のいつだったか、ひょっとこ乱舞(現アマヤドリ)の広田さんから連絡があり、
ひょっとこ界隈の人々とBSのドラマのシーンを作って出演した。
あれが5月に出来たのは救いだったように思う。
みんなで早朝から集まって、撮影とは言えひょっとこイズムでシーン作って、
2日目は早々に終わったから池袋で11時から19時くらいまで飲んだくれて。
家は傾いたままだったけど、気持ちはいつの間にか立ち直っていた。
(家も数年後にまっすぐになりました)

〇2015年3月30日(28歳)
前日の3月29日がアガリスクエンターテイメント『紅白旗合戦』千秋楽だったので、
「お祝いしてくれるかなー」と期待していたら、誕生日の近い川添美和ちゃん(3月20日)と同じ日に祝ってもらった。
美和ちゃんは年下だと思ってたので、年上と聞いて驚愕した稽古初期。

〇2016年3月30日(29歳)
この年の元旦付けで津和野くん・甲田くんとともにアガリスクに加入。
劇団員になって最初の誕生日も稽古場で祝ってもらえました。
しむじゃっくpresents『わが家の最終的解決』。
初めて劇団に入って、名義は本公演じゃないけどほぼ本公演で「やりたい」って言ったヒロインの役をもらえて、
わーいわーいってなってた誕生日でした。
公演期間中に津和野くんと冨坂さんも誕生日で、同じ5月13日で、
ケーキを焼いて劇場に持っていきました。
毎年お母さんに作ってもらってる、ニューヨークでなんちゃらおばさんに教えてもらったケーキ、
を教えてもらって作りました。
名前がわからないからこう呼んでるんですけど、実際名前ないのかしら。
サワークリームチーズケーキ?とか、そんな感じ?

〇2020年3月30日
新型コロナウィルスが猛威を振るって世界中で70万人の感染者、3万5000人近い死者を出し、
多くの演劇公演が中止になったり、
イエローモンキーのライブが中止になったり、
プロ野球開幕が延期になったり、
東京オリンピックが延期になったりしている。
そして志村けんさん(享年70)の訃報が届いた今日。
延期も中止もできないわたしの誕生日。
悲しみのほうが多くて、押しつぶされそう。

たまたま昨日、自分が5歳のときの日本への一時帰国のときのビデオを見て、
思いのほか自分がぶっきらぼうで、
子供らしさもあるにはあるけど、
なんていうかストレス抱えてそうだしあんま喋らないし緊張感漂う子どもで(笑)、
母が心配そうに見ててくれてるし、
おじさんやおばさんやいとこや兄が面倒見てくれてたり、
優しくしてくれてたり、
いまさら過ぎるけど感謝の念溢れてきた。

多少警戒感の強い子供だった(今もか)のは覚えてるけど、
本人はわりと呑気に生きてた気がするので、
もっと愛想よく出来る子ならよかったのに〜かわいくないわね〜と思いながら見てた。

でも、自分の子なら、家族ならそれでも愛せるんだね。
そんなことがわかってしまって、
やっぱり幸せなんだよと思う。

大人になったいまでも、
自分のこととか劇団のこととかばっかで周りを見てないこともあるだろうから、
わたしも周りの人を愛していきたいと思いました。
思ってるだけじゃなくて、伝えたり、行動したり、
どうしたらみんなのように優しくなれるのか、考えて。

つらい苦しい今だから、メンタルが弱ってこういうこと書いたりしちゃうのかもしれないけど、
でももう見失わないで、
大切なものにやさしく触れて、
目指すものをを力強く追いかけて、
大人になっても少年で少女で、
女性であっても男性に憧れて、
自分だけど他人になりたくて、
ボーダーレスな強くてやさしい存在になりたい。

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こちらが今年の「お母さんがニューヨークでなんちゃらおばさんに教えてもらったケーキ」です。
美味しいケーキはたくさんあるけど、世界一好きなケーキはこれ。

***


有芳(ゆか)
この名前は本名です。
あまり同じ漢字の方には出会いません。
6歳くらいのころ、セーラージュピターが好きすぎて、
母に「まことに改名してほしい」と頼んだことがあります。
でも、有芳って名前を漢字で書くようになって、「芳」の意味を知ってから、
自分の名前が好きです。
どんどん好きになります。
お母さんには変なお願いして悪かったと思っています。
まだまだ無名だけど、女優として一人でも多くの方にこの名前を覚えてもらえたら、
それがわたしにとっての誇りです。


***


最後に、誕生日のお祝いにメンバーの津和野くんが詠んでくれた短歌をご紹介します。


八重桜 柔らかい花と強い幹 二つが有って芳しきかな

クマガイ(Wikipediaより)
津和野くんがツイートに添えてくれたこちらのリンクもぜひ読んでください。

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photo by 池内理紗
posted by 熊谷有芳 at 16:20| Comment(0) | 日々徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月29日

昨今とRED・連合赤軍

不要不急の外出自粛。
禁止じゃなくて要請。

でも日本人は空気で察するし、じゃあやめるかってなるよね。
お店も閉めるかってなるしイベントも中止するかってなるよね。

無論、全員じゃないし強制じゃないし出掛ける人は出掛けるけど。
ツイッターでは、「お願いだから外出やめて」などのつぶやきも。

みんな、尺度が違うから、
みんなで同じ行動できない。
日本人だから協調性あるとか調和とれるとか、
本当はないと思う。
だって人間だし。
見えない敵・目の前で起きてるわけでもない事象にどう対処するかって、
そんなのわからないよ。
専門家や自治体や国のリーダーが何か言ってても、抑圧と感じる自粛要請に素直に従えないことだってあると思う。

「自分は大丈夫、と思わないで」
「みんな感染者だと思って行動して」
というのも、わからないよ。
知らないもの、こんな事態。
だから状況判断に差が出るのは当然じゃないかしら。
甘い考えの人も、そりゃいるさ。

まあ、昨日だかなんかに卒業式が中止になったにもかかわらず自主的に卒業式(?)的な集会をやって大学に集まり、夜は高田馬場で呑んだくれてロータリーで大騒ぎしてた早大生については、
ほんとにバカねぇとは思いました。
卒業生として残念です。

阪神の藤浪投手が検査で陽性で、
他の選手や同席してた方も感染してたというニュースが流れました。
志村けんさんもそうですが、遅かれ早かれこういった著名人の方々からも感染者が出るのは明らかだった。

で、そうなった時に、
「阪神のズサンさ」みたいなことで記事にされちゃうのが、チョットなぁと思ったんです。

いや、わかんないっすよ。
ほんとに阪神がテキトーだった可能性もあるし。

でも仮にそうだとしても、
こういう、新型ウィルスっていう、
特効薬やワクチンもない、初めての菌が相手なわけじゃないですか。
「密」を避けて行動して、ということが言われてたけど、
実践されてるようで全然実践されてないわけじゃない、この国は。

だから、「みんなも出掛けてるしまあ平気でしょ」って考えるのはそりゃ当然のことじゃない?

もちろん、そういうリスクを想定して先回り先回りで行動して社員などに早急に指令を出せてる会社とかのほうが、そりゃ優秀かもしれないし、そのほうがいいのかもしれない。

でも、最初のイベント自粛要請から1ヶ月以上経って、満員電車がずっと解消されなかったこととか、イベントばかり中止でオフィスには出勤停止要請がなかったこととか、
ていうかイベントも結局「要請」で自主判断に任せてることとか、
そして今になってジワジワと首を絞めてることは、
わたしは国の責任だと思う。

主に内閣と与党ですけど、国会全体の問題じゃないの。

って、こんな何処でも擦られ続けてるようなこと、しかもそんな具体的な指摘をしてるわけでもないぼやっとした批判書く必要あんのかい、
とも思うけど。
1ヶ月前と違ってもう怒りじゃない、
冷静にそう思います。
だから書けます。

どうせ踏み切るならもっと早く踏み切ってほしかった、いや今だって踏み切れてないと思うけど。
保障の話とか後手&後手で具体策もいまだになく、国民はつらい思いをしているだけ。

わたしはバイトもしてますけど、超ピンチです。
劇団だって、この状況は崖っぷちです。
演劇界の仲間たちも涙を流し堪えています。
大損害をくらっています。
アクションを起こしている人にみんながちょっとずつ支えられています。

お肉券とかお魚券とか、
ほんとバカみたいで笑っちゃいましたけど、
事実は小説より奇すぎるでしょ。
おもろすぎて実際笑えないですわ。

此の期に及んで総理の夫人がどーたらもマジでどうでもいいし「レストラン行くのが悪いのか」みたいな、その返答もさ、なんだよおもしろいねって思いましたよ。
お願いだから違うこと話してよ。
国民の税金で話し合ってんでしょ?

ううーんこんなことが書きたいんじゃなかった。
ほぼ殴り書きですごめんなさい。

わたしが言いたいのは、
感染してしまった団体とか人を責めるのはよくないと思うって話。
「コロナうつしてやる!!!」とかの悪意あるのはよくないですよ、そりゃ。

粗探しみたいな詮索とか、
憶測で悪い風に書いたりとか、
そういう印象操作みたいのやめませんか、っていう。
ウィルスなんだから原因は必ずあるでしょう。
感染者に罪はないよ。
ただの原因究明と対策を構築してくってのでいいじゃないか。

こういう状況でも出かけた人もいるでしょう。
いつでもできる用事の人も、今日じゃなきゃいけない人もいるでしょう。
でも、責めたくない。
これが正しい、これは間違ってるということを、
批判するにしても、
相手にかけてあげる言葉を選んでほしい。
言われて傷つく言い方をわざわざ選択して言ったりしないで。

ツイッターなんか見なきゃいいんだけどさ、
性分なのと、
劇団の仕事で今日はかなり見る頻度が高かったりして、
すごく、イヤだった。

知りたくないこと、知らないままならいいのに。
そうもいかない情報社会だなぁとも思うんだけれど。
何処かで断ち切りたいという思いもある。

***

『かげきはたちのいるところ』参考として、
漫画『RED』、映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を読んだり見たり。

内ゲバが加速し始めるところからオェッとなる。

「総括」が何かなんてほとんどの人が分からないのに、激しく総括を求める入山者たち。
この漫画・映画は、作中で「敗北死」したと呼ばれる人たちの足掻きに魅力を感じる。
「演じてるだろ」などと批判される天城の「行きたい、死にたくない」を始めとして、他の人たちの脱走、総括できない困惑など、恐怖に本音が勝った瞬間に「生き抜いてくれえええ!」と強く願う。
(なお生きれるかどうかはお察しの通り、ほぼ死ぬ)

でも指導部の北や赤城に全く共感を覚えないわけでもない。
北(映画、っていうか現実では森恒夫に該当)のことは嫌い。
だいっきらい。
ほぼ言ってることわかんないし暴力の筆頭格。
でも理想を語る時の強さとか、
誰かを批判する言い分に筋が通ってる時もあり、
全否定には至らない。
ただし本当に嫌い。

赤城(同じく、永田洋子に該当)は、
映画の永田洋子は嫌いなんだけど、
漫画の赤城はけっこう好き。
弱さを見せるところとかチャーミングさも時々あったり、いちばんは北に抗う・反対意見を言うところ。
北とやりあえるのはこの人だけなんだ、という、一種の安心感。

ただ、赤城も当然この暴力行為全般の中心人物には間違いなくなくて、
赤城および永田の目ざとさが、ホントに嫌よねぇ。
あと女性メンバーの「女性性」を尽く否定するくせに、森と永田が寝るシーン(事後)、

​大っっっ嫌いです​(笑)

あ、これは映画の話ですね。
漫画はまだそこに到達してない。

反して好きなのは、岩木、谷川、荒島あたり。
みんな暴力を担ってることには変わらないからその点は断固受け入れがたいですが、
ちょいちょい組織に疑問を呈してくれるのが漫画の中では読み進める活力になる。

しかし、この総括大好き集団(本当に好きでやってる人なんてほぼいないけど)、
漫画読んでるとスルーされてるけど大したこと言ってないやつとか、
ちゃんと言いたいことあるのにうまく伝えられないやつとかいて、

​超もどかしいんすよね。

重要なのは結局「言語化」の能力だと思いました。
あと言語化のスピード。

それなりに書物を読み、普段から難しい討論ばかりして、体制にも反対の声を叫べる人たちだから言語化は得意な人が多い。

大したこと言ってないのにスルーされてるのはなんでやと思わなくもないですが、
生き残ってるのは議論の得意な、言語化に長けた人たちだなと思う。

そういう人たちのほうが、思想的にも先進的だというのもあるけど、
結局言語が先か思想が先か、
みたいな部分もあると思う。
ニワトリかタマゴか、的な。

要は漠然としたイメージだけで活動してると批判されて、総括求められて言語化できないと粛清されるんですよね。

​​​結局その言語化出来なさについて、
「総括できてない」
「あなた自身が共産主義化できてないからよ」
などと猛批判をくらってるんだと思う。

だから、なんとか総括を上手くやれてる人達や生き残ってる人達は(いずれ死ぬにしても)、
それでけで凄いなと感じてしまう。
わたし、あの集団に絶対入れないし、
あそこまで過激な組織や左翼集団じゃないにせよ、きっちり自分の問題点と克服法を瞬時に理論立てて喋るって、自分には無理って思っちゃうのです。
そういう点で、すごいなと感心することもあります。

正直あの集団についてはやってること本当にダメだと思うので支持はできないけど、
「理想」そのものについては否定しない。
「手段」はマズいけれど。
それに、無我夢中で魂にしか正しさがなくなって外道なことをするのも、
その行動と理屈には賛同できなきけど魂だけなら共感できる。
赤木の昔話の「お前とバスケするの息苦しいよ」的な、集団内での魂の断裂、的な(スラムダンク)
その魂、熱意そのものだけなら、共感できる。

というわけで連合赤軍の話を通じて、
演劇やる時ってのはどうだろうか、
劇団ってのはどう在るものだろうか、
などに思いを致すことの出来る、
大変貴重な映画・漫画でした。
そしてこれからも勉強していきたい分野です。

暴力は今「ハラスメント」「虐待」という形でよくニュースになる。
だから、時代を変えても暴力はなくならないし、これからもきっとなくならない。
今は暴力を見過ごしたり、セカンドレイプといった、被害者への責任追及などの二次暴力だったり、
あるいはマイノリティへの差別だったり、
直接的ではない暴力が訴えられることが増えてきた。
殴る蹴るなどの肉体的制裁は現代では普通のことではなくなり、きっと昔よりは減ってるけど、
暴力の総数で言えば変わらないんじゃないか。

暴力による革命なんて現実的じゃないし、
自分の理想とすることもできない。
でも大きな不満や成し遂げたい目標があるときに、
或いは漠然としてるけど組織に属してるときに、
果たして連合赤軍の人たちを非難するだけで終わらせることが出来るか?
今学ぶこともあるはずなんじゃないか?

暴力はいやだ。
でも、もっと強く主張をしなきゃいけない世の中なんじゃないか?

そう自分に問いながら、日常を顧みたりしています。

だから、
漠然とはしてられないなってことを、思う。

まとまり悪くなってしまった。
ドロン。
posted by 熊谷有芳 at 03:32| Comment(0) | 日々徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする